2016年2月2日火曜日

今、この時を生きることがどれだけ幸せか

おはようございます。昨日は夕方から外気温が冷えるに冷えた、本当に。油断したら一気にインフルエンザにかかってしまいそうな寒さでした。昨夜のような無風の夜の方が寒く感じる。

今日は色々と書きたいことがたくさんあるけども、一気に書くと訳わからなくなるから何日かに整理して書こう。笑

私、個人的には心温まる記事に出会った。→http://www.asahi.com/articles/ASHDY737QHDYUNHB00B.html 
朝日新聞デジタルさんから抜粋しております。まずは読んでみてください。

はっきり言って泣きそうになった。自分で運賃を負担しなければならなくなった運転手さんには気の毒だが、怒っている人は一人もいるまい。オカルト半分、感動半分だからこういった話を嫌う人もいると思う。無事に自宅に帰って暖か食事をとりたかったはずだ。
3.11の被災直後に命を奪われてしまった方々だろうか。15:00前だから色んな目的で外出していた方々が多いはず。この学生もすごいなと感じる。
独創性のある考え方とテーマの選択に脱帽だ。こういった気持ちを持つ方、そして行動力のある学生にジャーナリストなどの仕事についてもらいたいと切に願う。

常に生きていることに感謝だ。あの3.11の日、私は東京の新日本橋という駅から快速電車に乗って成田空港方面の法務局に向かう途中だった。電車に乗る前に空を何故か見上げる。

妙に太陽に纏わりつく雲が異様だった。今だって覚えている。気持ち悪いな、晴れているのに一瞬、日本橋の空が真っ暗になった。

まさか地震が来るとは思わなかったけど。その15分後、もうすぐ千葉県に入るということろで電車がスーーっと急ブレーキをかけて停車した。車内は真っ暗だ。時間は14:46分

この先の駅で人身事故かな?よくあるケースだから大して気にしてなかった。誰かが携帯の、当時はワンセグと言った携帯電話のテレビを見て、地震だ!と叫んだ。

電車は揺れる構造になっているので地震で揺れても意外とわからないことを、この時に始めて実感する。外を見ると瞬く間に、大通りが渋滞になっていく。一戸建てからヘルメットを被った男性が慌てて外に飛び出してくる。

そんな大地震か?電車に乗っていると本当にわからない。強制的に下車させられたのはJRの新小岩駅。東京葛飾区だ。私の住む千葉市までは相当に距離がある。
駅前ロータリーには機動隊がぎっしりと集結している。この時、ただ事ではないと始めて実感する。

ひたすら歩いて歩いて、オヤジと妹とはすぐにメールで安否の連絡が取れた。これだけでもホッとする。あとは私が無事に家に帰るだけだ。

携帯がつながり難いので公衆電話には長蛇の列、数人でタクシーで帰ろうとしている方、メータはー5万円を超えている、道は大渋滞だ歩いたほうが早い。

自転車屋さんにも長蛇の列、一瞬買っちゃおうかなと思ったが金曜日の夜で明日は休みだから練習を兼ねて自宅まで徒歩であるこうと判断した。

千葉市に近づくにつれて知っている道がよりリアルになるせいか疲れを感じるようになる。革靴で長距離歩くのは辛い。液状化現象で池のようになっている公園を横目に見ながらひたすら歩く。

すれ違う人々に道を聞かれることが多かった。国道何号線はこれをまっすぐにいけばいいのか?携帯の電源がなくなってしまって、電車が動いているか調べてほしい!この近くにビジネスホテルはないか?

こっちも余裕がないので、じっくりと対応している暇がなかったです。
自分の勤務先から、せめて自宅までは歩いてでも帰れる道順をシュミレーションしておくことが必要だと思った。この時、不動産屋としての経験があることに感謝した笑。いろんなところに地図なしで行かなければならないから、こういった癖がついています。

ようやくあと自宅まで二キロといったところで父親から電話が入る。車で迎えに来てくれるという、足が棒状態だったから嬉しかったがオヤジの車が来るまでに二時間かかった。
駅のロータリーで待ってたけど、タクシー乗り場は50人以上の行列だ、その二時間でカラの状態でロータリーに入ってきたタクシーはたったの1台。どうなってんだと呟いたっけ。
オヤジの顔を見たときは安堵だった。妹も無事に帰宅したみたいだ。

自宅に帰ってひっちゃかめっちゃかになった室内を清掃する。お皿は殆ど割れた。テレビを見てゾッとした。被災地の津波の様子を見て、東京の人間は幸せだと思った。

無念にも亡くなった方々のためにも、今日、明日を生きよう。生きているだけで幸せだ。

今日はこの辺で。代表取締役 野呂一哉

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